元化学専攻所属・名誉教授 杉山 弘

 
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杉山先生

 2003年に化学専攻の生物化学教室に着任し、核酸の構造と反応性の研究を行い、この3月末をもって定年退職を迎えました。この20年の間に核酸を中心としたゲノム科学に次世代シーケンサーなど様々な技術革新が起きております。新型コロナの状況の中、オンラインのみの最終講義をいたしましたが、聴講者から録画の依頼があったのはZoomでの配信中のことでした。現在、京都大学のOpen Course Wareに登録されております。
 最終講義を準備していた時、テロメアやミトコンドリアの核酸についてまだやり残した感覚が残っていました。これらの核酸配列には共通して、安定な高次構造であるグアニン4重鎖構造の存在が指摘されています。特に、RNAの4重鎖構造は分子間で形成可能なため、液-液相分離を促進させると考えられており、多くの興味が持たれています。神経細胞においては、mRNAが液滴として必要なタンパクを取り込み輸送することが報告されており、様々な病気の原因となっていると考えられています。
 また、ミトコンドリアは約20億年前に嫌気性細胞内に取り込まれたものであり、細胞内で酸素を使ったATP合成を可能にしたことで、急激な進化が起きたと考えられています。ミトコンドリアに必要な遺伝情報の99%はゲノムDNAの中にあります。ミトコンドリア特有の遺伝子は、短い環状のDNA内にある軽鎖の中に書かれています。そこから進化と共に重鎖内の4重鎖構造をとりうる配列が飛躍的に増加し、相当量の転写が起きていることが理解されてきております。いわば、進化によって液ー液相分離が促進され、電子伝達系で生じる活性酸素種を効率よく消去できるようになったとも考えられます。
 論語の一説に「六十而耳順、七十而従心所欲」とあります。未だ従心に至る境地には立っておりませんが、これからは細胞の進化における4重鎖構造の役割について、”the show must go on”の言葉を胸に研究に望みたいと思っております。